Ontario Style Special Contents Vol.5 写真家・大竹英洋のノースウエスト・オンタリオ その2 〜カナディアン・カヌー〜

写真家である自分がここ数年カナダをフィールドに選んでいるのは、友人に連れられてオンタリオ州北西部へカヌーの旅に出たのがきっかけでした。森と湖の織りなす美しい光景と、野生の息づく豊かな自然。そんな世界にすっかり魅せられて、これまでに何度もこの地方に足を運んできました。自然の奥地を旅して感じたこと、その畔で生きる人々の暮らし、個性的な町のことなど、これまであまり知られることのなかったオンタリオ州北西部の姿をお伝えしたいと思います。

大竹英洋(おおたけひでひろ)

写真家。1975年生まれ。一橋大学社会学部卒業。1999年よりアメリカ・ミネソタ州からカナダ中央部にまで広がる湖水地方 「ノースウッズ」に通いつづけ、野生の意味・自然と人間とのつながりを問う作品を制作。雑誌、絵本、写真展などで発表し ている。主な著書に『春をさがして』(『月刊たくさんのふしぎ』2006年4月号、福音館書店)、『ノースウッズの森で』(『月刊 たくさんのふしぎ』2005年9月号、福音館書店)。

自然の音を楽しむ

はじめてカヌーに乗って旅にでたとき、最も印象的だったのはカヌーという乗り物の静けさでした。もちろんこの小さな舟にはエンジンなんか付いていません。推進力は自分の腕で漕ぐパドルだけです。水に浮かべて乗り込むと、水面に手が届きそうなぐらい近くに感じました。そして、パドルをゆっくり押し出すと、すべるように進みはじめました。

ちょうど季節は春でした。南から戻ってきたばかりの鳥たちが、元気よく鳴き交わしていました。ウタスズメ、ノドジロシトド、キクイタダキ……。求愛をしたり、なわばりを主張したり、軽やかで、良く通る歌声が森じゅうにあふれていました。そのなかにキツツキたちのドラムの音も混じって、たいそうにぎやかでした。
ぼくはカヌーの座席に座り、パドルを漕ぎながら、耳をすませていました。目の前には青い空をうつした、鏡のような湖面が広がっていました。そこは、春の音楽会を聞く、いちばんの特等席でした。そんなすばらしい自然の音楽を、旅をしながら聞くことができたのも、カヌーという乗り物の静けさのおかげでした。こんなにも穏やかでやさしい乗り物で旅をしていると、自然も心を開いて、隠していた秘密をそっと教えてくれるような気がしてなりません。

空を飛ぶように進むカヌー。湖の上からながめるカナダの自然は、新鮮な表情を見せてくれます

湖の岸辺でムース(=ヘラジカ)の親子と出会ったこともありました。カヌーの静けさが、人間の気配を消してくれたのでしょう

湖水地方に最適な乗り物

カナディアン・カヌーは、その名が示す通り、カナダの湖水地方を移動する道具として生まれました。シラカバの皮、キャンバス、アルミ、グラスファイバーと、時代とともに素材は変わっても、デザインはほとんど変わることがありませんでした。それだけその形には、湖が多くて平坦な、この地方特有の自然環境に適応した伝統の知恵がつまっているのです。
大きな特徴は、日本の公園にあるような手漕ぎのボートとはちがって、一本のパドルだけで、前を向いて進むことです。片側だけで舵を取るので、慣れるのにすこしコツがいりますが、自在に操れるようになれば、そのシンプルな構造と操作性にはただただ感心するばかりです。前後が尖り、幅も細いので、狭い小川はもちろん、水草の茂った浅瀬でも、草をかきわけるようにして進むことができます。
オープンデッキと呼ばれる、口の大きく開いた荷台もカナディアン・カヌーの代名詞です。そのおかげでたくさんの荷物を積むことができ、積み降ろしも簡単です。友人とカヌーで3週間の旅をしたとき、大人2人が乗った上に100キロの荷物を積んでも軽々と水に浮いていました。むしろ水面を押さえつけるので、からっぽのときよりも安定します。多少風が吹く日でも、波間を踏みしめるように力強く進んでいくので、とても頼もしく思えました。
しかし、カヌーにとって、水に浮くことと同じぐらい大切な要素は他にあります。それは、「一人でも長距離を持ち運びできる」ということです。じつはカヌーの旅の行動範囲は水の上だけではありません。というのも、水路でつながっていない湖と湖の間、あるいは滝や急流に阻まれて、カヌーに乗ったまま進めないようなときには、肩に担いで運ばなくてはならないのです。たいていそのような場所には「ポルタージュ」(=Portage、ポーテッジとも言う)と呼ばれるトレイルが残されています。昔から人々がカヌーを担いで歩いた自然の道です。肩に担ぐことを前提に生まれたカヌーだからこそ、この湖水地方で、まるで飛び石を伝うように、湖から湖へとわたりながら旅を続けることができるのです。

1977年製のキャンバス張りのカヌー。そのフォルムには機能美がつまっています

細長いカヌーを水に浮かべれば、狭い水路も道となります

カヌーを担いでポルタージュを歩く。重心が中央にあるので、やじろべえのように体が安定し、
足場の悪いところでも進むことができます

カナダの歴史に触れる旅

いまでこそ、オンタリオ州北西部は、道路も町も少ない辺境の土地に思えるかもしれません。しかし、カヌーが主要な交通手段だった時代には、無数にちらばる湖のひとつひとつが、網の目のようにポルタージュで結ばれていました。特に西洋との毛皮交易が最盛期だった18世紀には、ハドソン湾からスペリオール湖までの原野にいくつもの交易所が設けられ、先住民が獲った毛皮と、西洋からもたらされた鉄器や毛布とを交換するために、人と物が活発に往来していたのです。しかもそのネットワークはオンタリオ州にとどまらず、東はモントリオールから、北は北極圏、西はロッキー山脈にいたるまで発達していました。カナダ横断鉄道ができる100年も前のことです。その時代のことを想像すると、車社会に生きるぼくたちの方が、原野を旅する力を失ってしまったのだと思わざるをえません。
ぼくもカヌーで旅をしていて、これまでに何度もポルタージュを歩きました。となりの湖までほとんどが数百メートルも離れていませんでした。いったいどれだけたくさんの湖があるのか、とても数えてはいられません。急流をひとつ越えるだけの場所もあり、滝の連続する沢沿いの道もありました。多いときは一日に10回以上もポルタージュを歩き、次のキャンプ地を目指しました。
重たい荷物を背負ってポルタージュを歩いていると、ふと昔の人々の姿が浮かんでくるような気がしました。獲物を仕留めた大昔の狩人もきっとここを歩いたはずです。家族のまっているキャンプまで、あとどれくらいの湖を越えていったのでしょうか?また、毛皮交易時代に貿易商に雇われていたカヌー漕ぎ「ヴォワヤジュール」たちもここを歩いたはずです。彼らは一度に80キロもの荷物を運べなくては一人前のカヌー漕ぎとは見なされなかったそうです。耳をすませば、大地を踏みしめる足音と荒い息づかいが聞こえてくるようでした。
オンタリオ州北西部をカヌーで旅する。見えてきたのは、カナダの自然だけではなく、カナダという国の成り立ちの歴史そのものでした。

サンダー・ベイにあるフォート・ウィリアム歴史公園には、シラカバの皮でできたバーチバーク・カヌーが復元され、たくさん並べられています。またトロントの北東125キロに位置するピーターボローの町にはカナディアン・カヌー博物館があり、北米随一のコレクションが展示されています

沢沿いのポルタージュを歩いて荷物をはこぶカヌーイスト。湖から湖へとつづく踏みあとは古くからの生活の道です

カヌーの旅の歴史が感じられる絵画のひとつ。
フランシス・ホプキンス作 「ヴォワヤジュールたちの夜明け」1871年
Photo:Library and Archives Canada, Acc. No. 1989-401-3