Ontario Style Special Contents Vol.13 [トラベルライター・宮田麻未レポート] 「旅も音楽も出会いだから・・・」 渡辺貞夫が華麗に彩ったトロント・ジャズフェスティバル

カナダ最大の都市トロントは、「カナダのビジネスの心臓部」と「グリーンでスローな暮らし」という二つのライフスタイルが調和して共存しています。数々のフェスティバルが一年を通して催されるのもトロントならでは。中でも最も人気があるのがトロント・ジャズフェスティバルです。2009年は6月29日から7月6日まで行われましたが、そのフィナーレを飾ったのは、日本を代表するジャズミュージシャン、渡辺貞夫さんでした。

宮田麻未(みやたまみ)

西山浄土宗の尼僧(時々トラベルライター)。東京生まれ。ブリティッシュ・コロンビア大学大学院修士課程修了。1975年からカナダ在住。現在、春夏はバンクーバー、秋冬は京都の粟生光明寺で暮らしながら、カナダやアメリカの旅行ガイドブックや『ニューズウィーク』などの雑誌に執筆。北米の先住民の文化に惹かれ、取材を続けている。

CITY WITHIN A PARK−公園の中に街がある−

トロントの旅は、街やその周辺を一望できる、高さ北米一(553.33m)のトロントタワー展望台から始めるのがおすすめです。最初に気がつくのは、この大都市には樹木がとても多いということでしょう。例えばオンタリオ湖に浮かぶ島、トロント・アイランド。高層ビルの並ぶダウンタウンからフェリーでほんの10分しか離れていないのに、ここは島全体が小さな村ような雰囲気。翡翠を思わせる緑に覆われていて、カヌーやカヤック、サイクリングや湖畔の散策などを手軽に楽しめます。
トロントはカナダで最も活気のある街ですが、ビルの谷間のあちこちに美しい公園が点在し、19世紀の庭園が大切に残され、郊外には広大な田園地帯が続いています。市立公園の看板に書かれた“A CITY WIHIN A PARK”というキャッチフレーズもけして大げさではありません。

ダウンタウンの高層ビル群とCNタワー

CNタワーから眺めたトロント・アイランド

市内に残された19世紀のイングリッシュガーデン

ランチタイムの無料コンサートをまずチェック

「お客様が帰るのは深夜になるけど、この辺りの交通は大丈夫なの?」 出演時間が遅くなると告げられた渡辺さんが最初に投げかけたのは、観客の帰り道を気遣う言葉でした。
トロント・ジャズフェスティバルは、1987年に始まって以来、トロントの夏を彩る最大のイベントに成長しました。世界的なジャズプレイヤーから、大学のゴスペルグループまで、毎年1500名以上のミュージシャンが参加します。メインステージは市役所前の広場ですが、キャノン・シアターやオールドミルなど市内のあちこちで行われます。無料コンサートがたくさんあるのも嬉しい。
今年は6月26日にソニー・ロリンズの公演でオープンし、7月5日のフィナーレに招かれたのが渡辺貞夫さんです。コンサートは8時に始まったのですが、カナダで最も人気のあるベーシスト、アラン・カーロンのバンドなどが前座(?)で演奏したので、渡辺さんのバンドの登場は11時半。でも、もちろん誰一人席を立つ人はいません。 アラン・カーロン・バンドが激しい演奏で観客をのせよう、のせようと引っ張って行った直後だっただけに、渡辺さんのサックスやフルート演奏の優しさとリズムの美しさは、かえってパワフルに皆の心の奥に響いていったようです。

ジャズフェスティバルのメイン会場は市役所前の広場

特設テントでは、ランチタイムの無料コンサートも

至高の音楽が聴衆の心の奥に広がっていく

心の奥を優しく揺さぶるリズム

渡辺さんのバンドは、ピアノの小野塚晃さん、ギターの養父貴さん、ベースの菰淵(こもぶち)樹一郎さん、ドラムの則武裕之さんに、セネガル生まれのパーカッショニスト、ンジャセ・ニャンさんの6人編成。いずれも日本のジャズ界を担うミュージシャンとして知られた人々です。
菰淵さんは「僕は渡辺さんの演奏を聴いて、ジャズやブラジルの音楽に憧れた。いつか一緒に演奏するのが夢だったから、渡辺さんから声をかけて貰ったときは、本当に嬉しかった。」と語ってくれました。彼の言葉は、他の4人にも共通する思いのようです。渡辺さんへの敬意はもちろんですが、偉大な「渡辺貞夫の音楽」を吸収し、乗り越えて行こうとする意欲も感じられます。“Early Spring”のようなスローな曲ほど、かえってバンド全体から心地良い緊張感が伝わってきたのはそのせいかもしれません。
私の胸に一番強く響いたのは、このフェスティバルに参加する直前、ニューヨークでレコーディングを終えたばかりの新曲“Not Quite a Samba”でした。 「サンバの曲を書こうと思って始めたのですが、サンバというのでもない曲になったので、このタイトルを付けました」と、渡辺さんが曲を紹介すると、会場中にリラックスした笑い声が湧きました。演奏が始まると、その笑顔がそのまま体中に広がるようでした。サンバのようで、サンバではない・・・でも、体が自然に動いてしまったなぁ。だって、バンドのメンバー全員がとても楽しそうだったのですもの!こんな風に観客とミュージシャンが本当の意味で一つになれるから、このフェスティバルに毎年欠かさずやって来る人が多いのでしょうね。

総立ちの観客の拍手に応える渡辺さんとバンドのみなさん

赤煉瓦は雨の日の方がいいなぁ

渡辺さんのコンサートが始まる前、ダウンタウンの東端にあるディスティラリー・ディストリクトへ行ってみました。ここは1837年にウィスキーの醸造所として建てられた工場を再開発したエリア。ビクトリア王朝時代風の赤煉瓦の建物が、そのままカフェやレストラン、おしゃれなショップに生まれ変わりました。私のお目当ては「トロントで一番おいしいコーヒー」と地元生まれの人に紹介してもらった、バルザックです。週末でたくさんの人が集まっていましたが、実はいちおしは雨の平日。濡れた赤煉瓦の色の美しさと、人影の少ない寂しさがより旅情を感じさせてくれるからです。
私がトロントへ出かける時は、ジャズフェスティバルなどのイベントと、展覧会のスケジュールの事前チェックは欠かせません。でも、トロントの一番の魅力は、あちこちにネイバーフッド(ご近所)が点在していることでしょう。湖畔の避暑地のようなザ・ビーチから、高級ブティックが並ぶヨークビル、トロントの台所セント・ローレンス・マーケット周辺、リトル・イタリーやグリークタウンなど、それぞれのエリアがユニークな雰囲気を残しています。一つの都市でたくさんの「旅」が楽しめるのですね。
「旅も音楽も出会いだから・・・」と渡辺さんはステージから降りたばかりの弾んだ声で私に語りかけてくれました。トロントでの出会いは渡辺さんの音楽にどう表現されていくのでしょうか?私もこの街の活気と変化に富んだ表情にまた出会えることができて良かった!ここで渡辺さんの音楽を聴いた体験は、私の心の特別な場所にきっと長く残ることでしょう。

赤煉瓦の美しいディスティラリー・ディストリクト

アートギャラリーや高級ブティックの集まるヨークビル

トロント市民の暮らしに触れるならセント・ローレンス・マーケットへ

斬新なデザインで話題のロイヤル・オンタリオ博物館

取材協力

  • カナダ観光局
  • オンタリオ州観光局